自分の半生を振り返ってみると、田舎育ちなので、高校までは地元に一校しかない小学校・中学校・高校へ通う。ある意味エスカレーター方式。
【一つ目の人生の岐路】
ここで一つ目の人生の岐路に立つ。大学入試である。国公立大学を目指す学力はなく、私立大学3校を受験。第三希望の大学に合格。大して勉強もしなかったので、当然の結果である。しかし、高校生ながらに変なプライドもあり、『第一希望の大学に合格しなかったから、英語の専門学校に行きたい!』と、たわけた事を言う私に対して、怖い怖い父は『学問だけではない、これからの人生の様々な勉強になるから、大学行きなさい!!!』と。父親(私の祖父)の借金返済をしなければならない9人兄弟の長男の父は、先生になりたいという夢を捨てた経緯があるので、自分の子供には、絶対大学に行かせる、と確固としたポリシーからの発言。怖い怖い父の言う事に反撃する私のエネルギーもなく、『はい、大学に行きます。』この父の言葉は、本当に感謝しており、大学に入る事で、後に人間改革を行う演劇部に入ることもでき、今やっているカウンセリングの基礎の心理学を学ぶことが出来、教職課程を学ぶことで後のサラリーマン生活では、毎年新人の教育係を任せられ、教えることの楽しさで、モチベーション維持の活力につながったからである。
【二つ目の人生の岐路】
東京への異動である。北海道での勤務を2年ほど経過すると、仕事にも慣れ、いろいろな事が見えてくると、『会社って人のネットワークが大事だな~!』と、先輩達の仕事の様子を見て、感じ始めます。私が在籍していた会社が特別ではない、と思いますが、私がお願いすると断られ、先輩達がお願いすると簡単に受けいられる。最初は『なんやねん、それ!(何故か関西弁)』と思いましたが、『東京へ行って東京の人達、地方の人達とネットワークを築きあげよう!』と思考が変わります。たまたま、東京から北海道に戻ってきたい人とのトレードが成立し、東京へ異動。ハラスメントを受け、『東京ではこうやってやるんだ!』と言われても自分のやり方を曲げられず、『生意気だな!こいつ!!』と思われたことでしょう。いじめられた理由の中の一つに『〇〇は、空気のきれいな北海道から来て、東京は空気が悪いから鼻毛も伸びるんだとよ!』と。笑っちゃいました。いじめられる理由に【鼻毛】もあるんだ、と。まあ、理由は何でもいいんですね!勉強になりました。東京への異動希望については、かなりの勇気が必要でしたが、『越えられない壁はない!』と賢者の言葉を信じ、いろんなことがありましたが、『あの時の決断は間違ってなかった!』と言えます。
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